私たちの想い Messages from DoD

DODメンバーの想いや感じたことなどを、コラムとして綴っています。

 

 

2011年

6月

13日

対話の価値

 最近、対話の価値を再確認しました。

 

 いえ、以前から対話には価値があることは感じていました。

 でもどうして価値が生まれるのか正確にはわかっていませんでした。

 

 

 私たちは時々、こう表現することがあります。

 

 「対話をすることで、その場に沸き上がってくるものがある」と。

 

 対話によってこそ、創造されるものがある。

 対話をしたからこそ、沸き上がってくる未来がある。

 

 そう信じてやってきました。

 

 

 先日、とある場所で藤原和博さんのお話を聴く機会を得ました。

 そこで藤原さんが似たような事をおっしゃっていました。

 

 こどもたちに「わかる人」と訊いても手が上がらない。

 まずは、3人や4人で話をしてもらうのだ、と。

 

 対話をすることによって、とにかく一言話してもらうことで、そこから話が発展したり、弾みが付いたり、盛り上がったりします。

 例えば、4人でポストイットにアイデアを書いて出し合ったり、ホワイトボードに意見を書き合っても、あまり勢いのある発展は望めそうにありません。

 

 対話をすることで、脳に納められている記憶の断片が次々につながりだし、創造的な活動が始まるのです。

 それは意識せずとも、私たちの脳が勝手に行ってしまうことなのです。それもものすごいスピードでやってのけてくれます。

 

 脳による無意識に起こる知の再構成化。あるいはネットワーク化

 

 それこそが対話の価値だと私は思います。

 

 それぞれの過去の経験や知識が、自分か誰かの発言をきっかけにものすごいスピードでつながり始める。

 それが創造性となって現れる。

 それは恐らく人間だけに与えられた価値のある機能なのだと私は思います。

 

 一人で黙っていても、創造できるのは自分のこれまでの枠の中だけの世界。

 誰かとの対話がその世界を大きく拡げ、私たちをいままで思ってもみなかった領域へ、まるで光の速さで連れて行ってくれるのです。

 

 対話によってこれまで脳に蓄積された膨大なデータがつながりだし、そこに生み出される新たな発見、気付き、学び、新しい創造の世界。

 対話は私たちの脳を無意識に活性化させるのです。

 

 

 さ、話そ。そして未来をつくろうよ。

 僕らの脳をすべてネットワーク化したら、もの凄いことが起こるかもよ。

 

 (DOD パートナー 中川繁勝)

 

2011年

5月

30日

心の声

あなたは、自分の心の声を無視している時はありませんか?私はあります。

たとえば、昨日も初めて入ったカフェの店員から「今日は20時で弊店の時間です。」と声をかけられて『何だよ、だったら店に入ったときに言ってくれよ、ほんの10分前だよ。入店したの。ここカフェでしょ、明らかに長居しそうな客でしょ、僕。ん、もう。だったらもう一つのカフェに行ったのにさ。』と心の中で声に出しながらも「あ、そうなんですか?」(書いていて恥ずかしいと思うのですが、事実だから仕方がない)と、淡々と店を出ました。こういったことが続くこともあります。

 

 自分の心の声を伝えるより、TPOを踏まえた対応を優先している訳です。しかし、四六時中こういったことばかりだと他人とコミュニケーションを交わす上で大切な感受性が鈍るというか損なわれてしまうということがあると思うのです。勿論、満員電車で苦しいから周囲の人に「苦しいからどいてくれよ!」と言ったところで、大概の人は「俺も苦しいんだよ、ふざけるな!」などといい、下手すると喧嘩になってしまうかもしれません。誰もが、心の赴くままに感じたことを言葉にしていたら人間関係はぎすぎすしてしまいます。

 

 しかし、美しい、面白い、などの心の声を表現したり、腹が立つなどの怒りを上手に発散したりすることは、日常生活に艶がでるのではないかと私は常々思います。例えば、道端に咲く花を愛でるときに沸く感情や、コーヒーの香りに安堵した気持ち、または誰かに席を譲って感謝された時に沸く心情を心の中だけに止めず口に出してみる。そうすると、何だか心地良い。勿論、科学的な根拠は知りませんよ。でもね、こういった心の声を日常的に口に出すというのは、心と身体が一致するような気がするのです。

 

 今度、カフェで同じような場面があれば、心の声を口に出すつもりです。

「いってくれればテイクアウトにしたのに(苦笑)」と言った後に「今度はもう少し早い時間に来るよ」と笑顔で。

 

DoDパートナー 坂井裕紀 

 

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2011年

5月

23日

からだと話す

最近、私のまわりでは体調を急に崩した人が増えています。

 

いろいろあるだろう理由のうちの一つは、季節の変わり目だということでしょう。

晴れたり雨が降ったりの繰り返しで気圧の変化も起こりますから、それが響いているのもありそうです。

そういう私も気圧の変化には弱い方なので注意するようにしています。

 

それ以外に、個人的にですが一つ特徴的なのが、東日本大震災後の緊急・復興支援に早い段階で関わっていた友人たちで、この時期に体調を崩した人が結構いるということです。

 

被災された人々のために、自分のできる事で支援に携わっていた人たちで、直接被災地でボランティアをしていた人だけでなく、様々なサポートをしてきた人たちにも疲れが出てきているようです。

 

「少し体がしんどくても、疲れてきても、今の時期はしっかり取り組まないと!」と強い意志と思いを持って支援に動いている人たちも多く、本当に素晴らしいことだと思います。

 

ただ、自分の体の声もしっかり聞いてあげることが大切だと、改めて感じています。

 

 

気を張っていると、体の調子が悪くても気づかなかったり、気づいていて「休むほどではない」といって頑張れたりすることがよくあります。

 

けれども、そんな時は、体に無理がかかっている時がほとんどです。

 

抵抗力が知らずしらずに弱くなっているので、何日か寝込んだしまったり、ひどいと症状が重くなって入院、なんてこともあります。

 

自分の体は、さまざまなサインを出してくれます。

忙しく動いている時こそ、「体の調子が普段と違うな」と感じた時は、その時点できちんと受け止めて、「体は何を私に語ろうとしているのだろうか?」と自分で問うてみることを忘れないようにしたいですね。

 

 

DoDパートナー 森川真樹

 

 

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2011年

5月

16日

思いを持って話す、聴く

先日、ハワイにて現地の方数名とディナーを共にする機会がありました。

 

しかし、私の英語力では、聞き取りほど話せないため、その中のひとりに

「Why don’t you speak English、Sakamoto.」と何度も詰め寄られてしまいました。

 

お互いに色々と話したいことがあったので、私自身も語学力の不足を悔やみましたが、

それ以上に話したいと思ってくれる相手に申し訳ないなぁと。

 

とはいえ、今話せない自分の足りない部分にフォーカスしても仕方ない。

今目の前に彼らはいるので、今できることは何か?にフォーカスし直しです。

 

そう考えたときに、ブロークンイングリッシュでもいいから、

少しでも伝えたいことを話そうと努力し、極力通訳代わりの友人には頼らずに話すようにしました。

 

ディナーの後、海岸に出て、ビーチに座り、波の音で包まれている場所で対話を再開です。

 

そんな私を見てか、その中のひとりの女性が、

幼少期の経験を共有してくれました。

 

「私も小さい頃、生まれとは違う国にいたことがあって、そのときは言葉が分からなくて、

少ない単語で何とか話そうと努力したことがある。だから、今の坂本の気持ちはわかる。

でも、伝えたい気持ちは十分に伝わっているし、大体意味もわかるから十分だよ。」と

 

たとえ言葉が十分でなくても、しっかりと思いを乗せれば、

その背景や思いは理解してもらえ、相手もその前提の上で聴くことに努めてくれるんだと。

彼らの姿勢、態度に心から感謝しつつ、意味は十分でないにせよ、思いは伝わっていることを実感しました。

 

 

普段、日本語を当たり前に使う同士だと、そんな言葉の心配も必要ありません。

 

しかし、お互いに言葉を交わすということは、言葉に思いを乗せて、相手に真摯に向かいあう姿勢が大切です。

話し方や聴き方はその次の問題です。

 

思いを持って話すこと、そして相手の思いを聴こうとする姿勢、どちらも大切であることを再認識した一夜でした。

 

 

 

(DOD パートナー 坂本敬行)

 

2011年

5月

09日

人と人の間に

 いま、新人向けの研修を担当しています。

 

 日々、講師や先輩社員のみなさんが様々な内容の講義をしています。

 誰でも経験があるとは思いますが、

 

 眠くなります。

 

 話している人には申し訳ありませんが、

 眠くなることがあります。

 講師仲間としてそばで聴いていても、です。

 

 なぜか。

 

 発せられた言葉が受講者に届いていないから。

 あるいは、受講者が受け止めていても、何も返さないから。

 

 そこに「対話」がないからではないかと、私は思います。

 

 

 それではいけない、と思い、取る対策はいつも「対話」です。

 グループの中で話をしてもらうのです。

 

 一人で考えていても、自分の知の域を出ません。

 わからないことも、わからないままです。

 

 ところがグループの中で対話をすることによって、

 自分の外の知に触れ、自分の言葉が思わぬ反応を呼び、

 お互いを高め合うことができます。

 

 

 講師と受講者の間も同じです。

 

 「質問はありませんか?」

 と問うても、何も質問が出なければそのまま次に進んでしまいます。

 

 ところが、質問が出ると、その答えはもちろん、関連した事柄が説明されたり、他の人の質問のきっかけになったりもします。

 

 

 静かな対話も起こります。

 

 講師の説明に対し、目を見てしっかり聴いていたり、うなずきながら聴いている人は、講師と声にならない対話をしています。

 本人も講師の説明をよく理解するし、講師はもっと教えてあげようという気になり、より多くの情報やノウハウを伝えたくなります。

 

 おもしろい。

 聴いている側からも対話が起こせるんです。

 

 

 人と人との間に起こる対話は、お互いを一歩前に進ませる力があるみたいです。

 

 向かい合った人と人との間に生まれる、目に見えないパワー。

 お互いがそれを感じながらする対話は、価値のある対話になるでしょう。

 

 その人との間に生まれる何かを信じて、明日もまた対話してみます。

 

      (DOD パートナー 中川繁勝)

 

 

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2011年

5月

02日

全体“象”を共有する

 ミーティング、ワールド・カフェ、ワークショップなど、日常の中で複数の人と話をしていてふと迷子になることがあります。それは「何が話されているかわからないとき」と「交わされている言葉の意味にズレを感じるとき」です。

 

 「何が話されているかわからないとき」は、様々なパターンがありますが、傾向としては話が抽象的になりすぎたり、反射的で表面的な言葉のやりとりが続いてしまっているなあという感じがしたりします。もちろん、グループで何かに向かっていくプロセスの中ではそれも起こりうることですし、そういうときは今話されていることがみんな共有できているかを確認したりなど、少し交通整理をすることでまた全体で話が流れてゆきます。

 

 どちらかというともう少し対応が必要なのは、「交わされている言葉の意味にズレを感じるとき」です。例えば「対話」や「あり方」という言葉を、私たちは当たり前のように使っています。でも人によって、どんな文脈で、どんな意図で、どんな意味で使っているのかが違っている可能性があります。そこがズレているまま話を続けていると、なかなか「交わっていかないなあ」という感覚が生まれてきてしまいます。まるで同じ「象」という言葉を使っていても、ある人は「象の鼻」のことを話していたり、ある人は「象の尻尾」のことを話していたり、ある人は「大きなものの象徴としての象」について話していたりするようで、同じ全体の「象」を見ることができず、中々話が一致していかないのです。

 

 でも、その人にとって、「象」という言葉の背景には、その人がそれまで生きてきた様々な場面、感情、経験、物語など、その人なりの「文脈」や「意味」が存在します。対話とはまさにこの「文脈」や「意味」をお互いに理解していくプロセスではないだろうかと思うのです。両者(参加者みんな)にとってのゼロ地点、『そもそも「象」とは何か?』を共有する、ということが必要であるという認識を共有することを、今度迷子になったときには発してみたいと思います。

 

※お知らせ

5月28日、29日の2日間で、そんな全体”象”をみながら対話をするワークショップ、「対話の未来」フューチャーサーチを開催します。私たちにとって重要な課題に対して、全体”象”を見ながら、違いではなく共通していることに焦点をあて、アクションを考えてゆきます。詳細はこちらから。

 

DOD代表 大前みどり

 

2011年

4月

19日

話すこと、対話すること

先日、少人数の勉強会に参加してきました。
そこには、途上国への国際協力に関わる人々、ひろく国際開発援助に携わる人々が集まり、これまでのプロジェクト経験で培った経験や技術を、今の日本の文脈にあわせてどんなことが活かせるのかについて語り合いました。

 

一人ひとりの専門性は、自然災害や防災であったり、農業開発であったり、都市計画であったり、はたまた国際政治であったり、幅広い分野から集まってきていました。すでに福島県や宮城県で避難所支援に入っていたり、ボランティアで動いている人もいました。

 

技術的な話はたくさんあり、地域の違いを超えて活用できるアイディアもたくさんありました。「やはり現場で実践している人たちの経験は貴重だな!」と改めて感じたものでした。具体的なアクションにすぐ繋がりそうなものもありました。

 

そうした会議の中で、私が個人的に気になったのは、技術的なものというよりも個々人の気持ちの部分でした。とくに、すぐにでも被災地に駆けつけて支援活動 をしたいのに、諸事情でうごくことがむずかしく、悶々としている人たちの気持ちでした。経験もあり、支援する技術もあり体力もあり、気持ちもあるけれど馳 せ参じられない。そのために自分自身を抑圧をしてしまっているようでした。

 

そういう人たちとは、ちょっと話をするだけでも気持ちが変化する、楽になる、と思います。被災地に直接入るだけが支援ではなく、遠くにいても出来ることを 一緒に考えるのも良いです。個人的には、そういう人たちはやはり被災地で直接支援したいのだと思いますので、「今は事情があって被災地に入れなくても気に せず、自分の順番をまっていよう。今必死になって支援活動に従事してくれている人や組織も、今の調子では疲れてくるし休むことが必要になってくるから、そ の時に「自分の番だ!」」と自信をもって支援活動に加われるよう、今はじっくり何ができるか考え、準備していればいいよ」と話すことも、大切ではないかと 感じています。

 

気楽に言葉を交わすのも、じっくり対話するのも、それぞれ意味があると感じています。そうした場を準備していくことは、今の日本において大切なことの一つだと考えています。

 

 

DOD パートナー  森川真樹

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2011年

4月

10日

ワールド・カフェ・ウィーク2011春の開催につきまして

 

当初、私たちは20115月に第4回のワールド・カフェ・ウィークの開催を予定しており、大震災が起きた直後、私たちの間では「こんなときだからこそ開催したい。」という意見が大勢を占めてました。しかし、果たして日本全体の文脈が大きく揺らぎ、急激に変化している流れの中で、今までと同様にワールド・カフェ・ウィークという形態で開催するのが適切なのだろうか?という疑問が浮かんできました 

 

 

話し合いの結果、この難局を乗り越えていくために私たちが貢献できることとして、これまで以上に、人と人、場と場が様々につながっていく場を増やす必要があると考えています。

 


今回は、従来通りの形でのワールド・カフェ・ウィークの開催は見合わせとさせていただき、どのような形でよりよい貢献ができるかを、これまでワールド・カフェ・ウィークに協賛いただいた団体や参加してくださった皆様のお声を伺いながら探っていきたいと存じます。 

 

 

詳細については改めてお知らせ致します。もちろんその間もワールド・カフェや対話の場、セミナーは継続的に実施していきますのでぜひご参加ください。

 

 

対話により、人と人がつながり、より良い未来が紡がれていくことを信じております。


 

DOD パートナー  坂本敬行

 

2011年

4月

02日

対話のちからを信じて


今回の大地震は、大地や海だけではなく、私たちの心までも揺るがしたような気がします。
不測の事態に陥ることで、人との関わりや対話することで生まれる力に改めて気づいている人も多いでしょう。普段声をかけない人に声を掛けたり、声をかけられることによってお互いに元気を与えたりもらったり。苦しい時は声を掛け合うことで、安心できたり力を出せたりします。

 

お互いに言葉を交わすことで、エネルギーをやりとりしている。

 

そんなふうに私は感じます。

 

 

誰かと話をすることは、自分の知らない情報や見方を知ることになります。それは良くも悪くも刺激となり、次の瞬間という未来へ確実に影響を与えているのです。

私たちは普段ワールド・カフェ等の対話の場を開催し、対話の価値や重要性などを伝える場をもっています。

もしかしたら場を作って話し合うのが「対話」と思っている人がいやしないかと、私は時々思ってしまいますが、実はどんな場であっても時であっても、誰かと顔を向け合って言葉を交わすことが「対話」なのだと、私は思います。


人が人と言葉を交わしあうことで生まれる力を信じて、もっと多くの対話の場を!

いままでも、これからも、そう願っています。

 

対話の場は至る所にあります。

朝の食卓にあるかも知れないし、バス停の列にあるかも知れないし、オフィスにあるかも知れないし、いつものランチのお店にあるのかも知れないし、会議の場にあるかもしれないし、息抜きをするカフェにあるかもしれない。


私たちの周りの至る所に対話の場はあります。

そして、そこから新しい未来が生まれる。


私はそう信じています。

 

人の対話が、より良い未来を作っていけますように。

 

 

DoD パートナー 中川繁勝

 

 

2011年

3月

26日

東北地方太平洋沖地震の復興支援につきまして

このたびは、未曾有の大地震と津波により被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。

また、貴重な命を失われた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

M9.0の大地震、大津波、史上2番目となる原発事故が続き、今、日本は、大混迷の中にいます。
そんな中、お互いを思いやり、気づかい、助け合うという日本古来から引き継がれている精神が発揮されていることもまた事実です。


今だからこそ、日本社会を担っている私たちが、古来より持っている力を発揮して、個人としても、組織としても、地域としても、国としても、対話と協働を通して、新しいあり方を見つめ、探求し、創造していくことが重要だと考えます。


ダイナミクス・オブ・ダイアログLLPでは、東日本の一日も早い復興を願い、義援金を通して復興支援をしていくとともに、多様な人たちが集い、今回の地震・津波被害はじめ今日本に起こっていることについて、感じたこと、気づいた事を語り合い、共有できる対話の場もつくってゆくつもりです。


対話を通して自分の中の不安、複雑な思いと向かい合い、その場に集まった人たちと分かち合ったときに、人や社会とのつながりを実感し、新たな未来に向かって一歩踏み出そうとする力が湧いてくる、または何らかの力となるきっかけになる、と考えています。


なお、参加費の一部は、私たちが活動の趣旨に賛同している以下の2団体に寄付いたします。


●あしなが育英会

「東日本大地震・津波で親を失った子どもたちへの特別一時金や心のケア活動の募金」


●ジャパン・プラットフォーム

「東北地方太平洋沖地震の被災者支援事業」

 

 

ダイナミクス・オブ・ダイアログLLP

代表 大前みどり

 

 

 

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